最Kの男3



昨夜このイルカを悩ませているカカシからの贈り物が届いてから、二十四時間が経とうとしている。
イルカは一人遅くなった夕食を口に運びながら、この嬉しいはずなのに嬉しく無いプレゼントに振り回された一日を思った。

カカシの事は好きだ。おそらく初めて会った日から好きなのだろう。
イルカの元教え子たちが第七班として上忍師を引き連れて受付へ姿を現したのが初めての出会いで、遠巻きにカカシの姿を見たり声を聞いた事はあるが、今をときめく上忍は、一介の教師が正面に立って目を見て話せるような相手ではなかった。

初対面の日、こちらを確認したカカシに微笑みかけられた時に、イルカは妙な違和感を覚えた。
おかしな事に、まるで好みの異性との出会いを果たした時に感じるような気持ちを味わったのだ。
成人男性であるカカシを前に、好きなタイプの女性と出会った時の如く、イルカの中でごく自然に「この人を好きになるかも」というフレーズが流れた。
職場には女性の数が圧倒的に少ないので、新しい出会いとあればすぐに判断するより早く戦闘態勢に入らなければあっという間にごちそうは誰かにかっさらわれる。
けれど、今目の前にいる人物は妙齢の女性ではない。イルカは暴走した脳内レーダーに驚きながら、この人は男だと心の中で訂正した。
しかし、それも仕方の無い事で、初対面なのにイルカがそのような勘違いをしてしまう程カカシの姿は輝いて見えた。
よくよく考えれば、同世代の輝ける星とも言えるカカシの名声を常日頃聞いていたせいだろうと、その場では深く疑いを持たなかった。

実際至近距離で目にして、耳にしていた以上に佇まいだけでも絵になる男だとイルカは思った。
すらりと均整の取れた身体、広くて頼りがいのありそうな背中。子供達の頭に置かれた白い手は、革のグローブがよく似合っている。
何より手を焼いたナルトが僅か半日で彼に懐いている。カカシを見上げる碧い目が喜びに満ちあふれている。イルカの中で頭で考えるよりも先に、カカシに対する信頼が生まれた瞬間だった。
教え子が難関を突破して、見事下忍となれた日。イルカは嬉し涙があふれ出そうになるのを必死に堪えた。だから無条件にカカシに好感を覚えたのも仕方の無い事なのだとイルカは思った。

それからというもの、内勤の者の間でカカシについての話題が今まで以上に増えた。
特にイルカが働きかけた訳ではなく、ただカカシが上忍師として子供達を引き連れ、里を練り歩く姿が様になっているからかもしれない。
亡き四代目の忘れ形見に、唯一のうちはの子。その四代目の愛弟子でありながら、コピー忍者の異名をとるはたけカカシが上忍師の組み合わせに、表立ってどうこう言う者はいないが里中の誰しもが関心を寄せている。

この班の編成とて偶然ではなく、火影その他上層部の意図を組んだ形だ。イルカも成績や第七班以外の子供達の班組のバランスを考慮した上で異論はなかった。
上忍師となるはたけカカシが、今まで一つとして彼の課す下忍試験に合格者を出さなかった事を、直前になって火影に知らされた時には驚いたが、それはあの子達にとり結果として幸運をもたらした。

伝説の人物としてのカカシの噂しか知らなかったイルカだが、人となりを知り、厳しい宿命を背負いながら時代を生き抜いてきた彼以外に、この里に七班の子供達を託せる人物が今となっては思い浮かばない程だ。

特に里の忌み子として疎んじられて来たナルトには、今やそこらの忍が束になっても敵わないカカシが付いていている。どこか晴れがましい気持ちがした。
イルカが個人の中でカカシの株が急上昇する以前に、元々華々しい戦績や、その容姿からして、彼は里の人気の的であり、下の者から上の者まで注目している男だった。

そのカカシがどういう訳か知りあったばかりのイルカに気を遣ってくれる。
何でもイルカには当りが柔らかいらしい。
イルカがカカシの報告書を担当している時は、殺風景な受付にまるで花でも咲いているような、そんな雰囲気が生まれる。
と、イルカと同様に受付に座る人間が口々にそう言うのだから本当なのだろう。

カカシはどうやらイルカに好意を抱いている。
内輪の受付担当達の笑い話で終わる前に、カカシは本当にイルカを慕う様子を隠しもせず、ごく自然に接して来るようになった。
カカシがあまりに堂々とふるまうので、イルカも幾らかつられたかもしれない。
けれど、イルカ自身も自分達が男と男であることを一旦脇へ置いて純粋にカカシと親しくなっていく悦びの中に居た。

もしもこれ以上の関係に進むとして。イルカは自分の心に問うてみた。
結果、カカシを拒む気持ちがどこにもない事を知った。最初から自分は彼を好きになる予感があったのだ。
今までイルカが付き合った異性の数は片手で余る。その僅かな人数と比較しても仕方がないが、カカシの事を一番好きになり始めていると思う。
大変な事が山ほどあるかもしれないけれど、こんなに好きなのだからきっと乗り越えられると思う。
恋の作用がどんどんイルカの気持ちを前向きにする。そうなると後は早かった。

食事に誘われるようになると、どんなに忙しくても努力して時間を作りカカシの予定に合わせられるようにした。
カカシははじめからそうだったように、イルカとの距離が縮まり始めても自然な態度は変わらなかった。
少し甘やかさが加わったように見えるが、強引なところも無いし、何でも年下のイルカを優先してくれる。
逆にイルカはカカシに微笑まれ、アナタはどうしたいですか?と聞かれると、頭の中が白くなるようになった。
恋の効用から、幸福感がどっと溢れて来てすぐに答えられない。それが居酒屋のメニューを広げている時でもそうだった。
するとカカシがもう一度口を開く。「俺と同じ物でいい?」
皓い歯をのぞかせながら、そう聞いてくれる。
目がカカシの綺麗な口元に釘付けになる。もしも、ピンクがかったカカシの唇に触れられでもしたら、どうなってしまうのだろう。
暗色の口布が僅かにかかるカカシの白い滑らかな顎、薄い桃色の唇から血の様に赤い濡れた舌がちらりと覗く様に、イルカは呼吸を忘れる。

もはや、女性と恋に堕ちた時と同じ様に、カカシと肉体的に結ばれる事を望むようになっていた。



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(続きます)

(2012.09.27)





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