222

〜222の1〜


「とーちゃん、大変だってばよ!!」
「ん〜?」
「またカカシが勝手に餌捕ってきたみたいだってば!」
「あらら、冬は鳥達も動きが鈍いからね…」

「よしよしカカシ、ちょっとごめんね」
カカシが寝床にしているタンスの上の一角を、ナルトの父であるミナトが覗く。
「ニー…」
めったに鳴かないカカシがミナトの顔をみて一声上げた。
カカシが脇に抱えているのは大きくて黒い毛皮をまとっている。

『デカッ…、これはまたでかいドブネズミを…』

「…カカシくん、外で生きたご飯を捕ってくると、お腹に虫がわいちゃうよ」
「ニー」
ミナトの言葉を無視して、カカシは横たわる獲物の頭部を舐めはじめた。

「やっぱりここで食べちゃう気なの!?ど、どーしよナルト!」
「このタンスかーちゃんの形見なのに!やめさせてよとーちゃんッ」
「出来ないよ!カカシくん強いんだもん!!こ、怖いじゃない!」

騒ぐ人間の声に驚いたのか、死体だと思われていた黒い動物が頭を持ち上げた。

「にゃ」

真っ黒な毛皮の中に、爛々と黄緑色の瞳が光っている。

「アレ?とーちゃん、ネコだッ、生きてるし!」
「カカシくん、ネコ嫌いだと思ってたのに…。あ、カワイーじゃない?」
「とーちゃん、この猫オスだよ、ッ!イタッ」
不用意に黒猫の尻尾を持ち上げて性別を確かめたナルトの手を、
この家の飼い猫であるカカシが咬んだ。

「ほらほら、いたずらしない。それにしてもドコのコだろうね?」
人を警戒する様子もなくおそらくは飼い猫だろうと思ったミナトは、
黒猫を撫でようとして伸ばした手をカカシにパシリと払われた。
「カカシくん、爪を出さなくなったのは褒めるけど、ちょっと感じ悪くない?
これ以上おイタすると、フリル付きのレースのおリボンに換えるよ!」
にらみ合う家長と銀色のネコを尻目に、黒猫はいつのまにかナルトの腕の中に居た。

「よ〜し。今日からオレと一緒に寝ような!」
「にゃぉん」
一騒動の後、男所帯のうずまき家に黒猫が落ち着くことになる。

(2009222)


〜222の2〜



「ナルトくん!行儀の悪いっ」

朝餉の席でミナトは、食卓の向かいに座る息子を叱る。
ナルトは朝食に用意された竹輪を一切れ、隣のイスにちょこんと座っている黒猫に差し出していた。
「そういうの、一番初めにやるのはお父さんの仕事!」
黒ちゃ〜んこっちおいで、と猫なで声を上げてミナトがハムをちらつかせている。

「またこの家の人間は…、ネコに味の付いたモノをやるなって教えただろうが」

庭に面したダイニングの窓から、ナルトの幼馴染が回覧板を片手に声を掛けた。

「オッス、サスケ!」
「おはよう、サスケくん」
「おはようございます、…猫増えたんですか?」
「ん?カカシくんが連れてきたみたいで」
ミナトに招かれるまま慣れた家に上がるサスケは、黒猫を見つめながら言った。
「…これ木ノ葉神社の、イルカ?」
「にゃ」
サスケが呼んだ名に、黒猫が反応する。
「やっぱり飼い猫だよね…、それじゃ宮司の猿飛さん心配してるねきっと。電話だけでもしておこうかな?」
「あっ、あそこってばネコたくさんいるじゃん、コイツはそのイルカじゃないってば!」
そう言いナルトはベソをかきながら黒猫を慌てて胸に抱えた。
「イルカちゃん?」
「にゃ」
「イルカ」
「ニャぁ」
呼ばれるたび黒猫がそちらを向いて返事をするのを見て、ナルトは下唇をかみ締める。

「あの神社に猫が多いのは、その黒猫がどこからともなく子猫を拾ってくるからだそうですよ」

「フーゥッっ」カカシが窓に張り付いて、庭先に立っている男を威嚇した。
「アニキ…」
「おはようございます。今日は大学の帰りが遅いので、サスケをこちらにお願いできますか?」
「おはよう、イタチくん。もちろんいいよ!」
「…イタチにーちゃん、ホントにこの猫イルカ?」

「黒猫は魔を払う…、ソイツは肉球もすべて黒くて縁起がいい…、
イルカを家に譲ってもらえるように交渉してたから丁度よかった」

真面目に約束済みと答えるイタチに、飲みかけの日本茶をミナトが噴出す。
逆毛を立てたカカシと睨み合う形で、身じろぎもせずイタチは庭に突っ立っている。
「約束してたのか…」
ポツリと言葉をこぼし小刻みに震えるナルトに加え、
兄の妙な発言に見かねたサスケが溜息交じりで口を出した。

「お、オレは犬がいい…、飼うなら犬がいい。」
「…ふうん、じゃあ猿飛さんに約束してあるから、そのコはナルト君貰ってくれる?」
「やった!イタチにーちゃん、あんがと!」

「それじゃ、よろしくお願いします。…カカシまたね、バイバイ」

帰っていくイタチに、後ろから飛び掛らんばかりでカカシが呻っている。
フンッ、フンゥと鼻息荒く勢いの冷めないカカシの様子に、イルカがナルトの腕の中からひらりと飛び降りて近づいた。
イルカは真っ黒く長いヒゲを自らの鼻先に寄せて、宥めるようにカカシのこめかみの辺りで鼻をひくひくさせている。
カカシは気が削がれ一瞬体を強張らせたが、すかさずイルカが顔を何度も舐め上げゴリゴリと頭をこすり付けたことで漸く腰を下ろした。
カカシの長くてしなやかな尾は、興奮の為まだ通常の5倍程に膨らんでいる。

「よし!これでうちの子だ」
−うずまき・イルカ−と電話番号を書いた赤い布を首に巻かれ、イルカはキョトンとしている。
自分がリボンを巻かれる時さんざん抵抗するカカシも、黙って満足そうに見ていた。

『おそろい』
『何が?』
『その内だんだんにね』

ニー、ニーと嬉しげに鳴くカカシに、人間達も顔を見合わせて笑った。
(20090225)



222の3 〜出会い〜

春の匂いがする。
自分達にとって、春は人間のそれよりもずっと早い。
けれどあの白い瀟洒な家に棲んでいるここら辺りじゃ一番のグラマラスな美人が本当の発情を迎えるのはまだ少し先の事。

雌達の自分を誘う匂いに少しだけ気分を高揚させながら、テリトリー内をゆったりと、時には窓越しに彼女達へ自分の存在を見せ付けながら油断なく歩く。
カカシが一声悩ましく鳴けば、気位の高いくっきりとアイラインの入った彼女もそっとカーテンの隙間から顔を覗かせた。
ケンカに強く、姿もいい。雌にだって優しい。
珍しい白銀の長くてバランスの良い尾をゆらせば、10匹が10匹ともカカシを振り返る。

無用な争いは好まない。
しかし今は恋の季節だ。
普段テリトリーを共有する友好関係にある複数の雄でさえ、
この時期ばかりは優しい顔をするわけにはいかない。
まして新顔の乱入を許すなど言語道断だった。
巡回ルートの直線上にある一軒家の庭木の下で、ちらちら動く仲間の尻尾が見えた。
カカシは鼻が利く、わざわざ近寄って尻尾の下にある臭腺を嗅ぐなんて無様な真似はしない。
そこに居るのが女ではないと分かるだけで十分だ。

『挨拶もなしに俺の縄張りうろつくなんて、いい度胸じゃない?』

塀の上から低く呻れば、まだ背の低い樫の幼木の下に居た黒猫がぐるりと空を振り仰ぐ。
『こっちだ、ばか』
黒猫が目をまん丸にして、陽を浴びてきらきらと輝いているだろうカカシの姿をじっと見ている。
視線をを逸らしもしないところを見ると、体だけは大きいがどうやら成猫になりきっていないのか、猫社会のルールを知らない子供のようだ。
『あのね、他のヤツだったらアンタ今頃血祭りにされてるよ。さっさと消えな』
『旅の途中なんです。それで、あの…』
『この季節に旅に出るなんて、頭からっぽなんじゃないの。死にたいなら遠くへ行ってよ』
手を出さないで抑えてやっているのだ。
その分、キツイ言葉でこの面倒を片付けてしまいたい。
『ごめんなさい、大人しくしていますから、しばらくココに居させて下さい』

『ナめてンの?俺の女に手を出す気なら容赦しないっ』

カカシは牙を剥くと、黒猫めがけて飛び降りた。
『止めて下さい!大きな声出さないで』
体一つ分後ろへ下がり、黒猫は両耳を横倒しにして体を小さくした。
『ガキはとっとと失せろッ』
黒猫に向かって前足を振り上げた。
ガリッ。
よけられるスピードだったのにもかかわらず、黒猫は逃げることもせずにきつく目を閉じカカシの爪を眉間に受けた。

ピ〜、ヒ〜と空気の抜けるような声がカカシの頭上から落ちてくる。
見上げれば、それほど高さのないところに、木の枝を組み合わせて作られた
粗末な鳥の巣が架けられているのが見える。中に雛鳥がいるらしい。
その鳴声から中を確かめることもなく、キジバトの巣だと知れた。
そういうことか。

『俺達の狩場だけど目をつぶってやるから、さっさとアレを喰ってここから出てってよ』
『食べません!俺は食べません!』
『猫のくせに何言ってる』
カカシが手を引っ込めると恐る恐る目を開けて小さくなったまま黒猫が答えた。
『今朝ここを通りがかった時、俺が驚かせたせいで親バトが飛んでいってしまって…。帰ってくるまで、あの雛を守っていないと…。』
『アンタ、鳥喰ったことないの?』

『俺はチャボの夫婦に育ててもらいました…』

おどおどと、よくしなる黒い尾の先を振りながら黒猫が小さく鳴いた。
『チャボの夫婦?ああ、アンタ木の葉神社から来たんだ。去勢でもされそうになって逃げたわけ?』
『違います』
『どうでもいいけど、理由は分かった。ただし親鳥が帰ってくるまでの間だけだ』
『はい』
ハイと答えるところが、幼さからくるのか無知からくるのか分からない。
この黒猫がいなくなった後で、他の、例えば自分が
こんな迂闊な場所に巣をつくったキジバトを襲わないなどという保証はないのに。
『尻尾振るのもやめて、石のようにじっとしてろ。じゃないと親鳥も帰ってこないし、
他の猫にも目をつけられる。その時は俺の名前出して…”カカシ”っていうから』
『ハイ!ありがとうございます』
こんなばかばかしいやり取りは早く切り上げて、巡回に戻りたい。
石のようにというのは意地悪な気もしたが、この茶番につき合わされたのだ。
これぐらい許されるだろう。

鈴が転がるような声だった。
まだ幼い雌猫なら、もっと優しくしてやれたのに。
降り続ける冬の雨を窓ガラスの向こう側に眺めながら、
カカシはおととい会った黒猫のことをぼんやりと思い出していた。

(2008.03.08)
222の4

その日、とうとう雨は止まなかった。もう二日、冷たい雨が降り続いている。
心配性の家主はカカシを表に出すことなどしない。
幾度も窓に寄り前足で引っかくしぐさを見せたが、ニコニコと笑って背中をポンポンと撫でるだけだった。
なんということもない、あの場所に居た黒猫の姿が見えなくなっていればいい。
それをこの目で確認したいだけ。
こんなに落ち着かない気分になるのは、自分達にとってそういう季節だからだ。

ようやく夜半すぎに雨の音が止んだ。
寝ぼけまなこで冷蔵庫を漁っている人間の子供に、カカシは外へ出せと鳴いてまとわり付いた。
裸足のかかとを爪でひっかけてやると、やっと理解して雨戸を少しずらしてくれた。

濡れた場所を歩くのは好きではないが、巧みに屋根や塀を伝ってあの場所へ向かう。
途中、気の早い連中が雨が止んだとばかりに集会場に来ているのが見えた。
あの雌猫も来ている。
集会場ではケンカをしないのがルール。
見れば、その美人を中心にして野郎共が目を細めている。
カカシが足を向ければきっと素晴らしい媚態をさらして誘ってくれるはず。

背中に乗っかってからでも遅くないかな…

くそッ。本当にやっかいな奴だよ。
カカシは心の中で悪態を付きながら、黒猫と二日前に出会った場所へと急いだ。
キョロキョロと塀の上から樫の幼木の下を覗き込む。
そこに黒い塊はいなかった。
ほっとしたのもつかの間、ふとごく微かな死臭が鼻を掠めた。
鼻をひくつかせると、樫の木の葉の間から漂ってくるのが分かる。
あの黒猫が守るといったキジバトの雛が儚くなったのだろう。

『あいつ…』

肩を落として、ぞろぞろと黒い尻尾をひきずってあてどなく歩いていく姿が容易に想像できた。
まだ近くにいるだろうか。誰かあいつのことを見かけていないだろうか。
丸っこい頭に、大き目の耳がぴくぴく動いていた。
月の光を思わせる綺麗な瞳はじっとカカシをみていた。
避けもしないで、オレの爪を頭に受けて…。

『あのガキ…』

塀から飛び降りて辺りを嗅ぐ、雨の臭いが一面に残っていてあの黒猫がどちらに行ったのかカカシには分からなかった。

『オマエ、何だ!?』

突如、少し離れたところから聞き覚えのある仲間の声がする。
『先輩!大変ですッ!新顔が!!』
声のする方へ駆け寄ると、夜目にもはっきりとツートンカラーのマスクを被ったような顎だけ白い猫がカカシの方を見て叫んでいる。
その足元にあの黒猫が倒れていた。

『お前ッ、何をした!?』

ぶつかる勢いで白黒猫と黒猫の間に割り込む。
『何もしてませんよ!ボクは先輩を追いかけてきただけで!』
二日の間にすっかり憔悴しきった様子で、艶やかだった毛皮が色をなくし、
目はつぶったままになっている。
雨にぬれていないところを見ると、かろうじてこの家の軒下で過ごしていたようだ。

『おい、コラ、しっかりしろ!』
顔を寄せると、黒猫の鼻はすっかり乾いていて、体も冷たい。
カカシがその冷たい体に馬乗りになり前足で体を揉むようにして顔を舐めると、黒猫はうっすらと瞼をあけた。
『ずっと、ここにいたのかっ、アンタ。何考えてるんだ!』
この二日の間、何も口にしていないのではないだろうか。

(俺のせいじゃないぞ。冗談じゃない!)

『ワタシのウチでナニしてるのよ!?』

猫は住処としている場所に他の猫が入るのを嫌う。
『カカシはいいとしても…、何よそこの2匹!さっさと出てって』
『…先輩…、ホントいい趣味してますね…』
美しい雌猫と、カカシを師とも仰ぐ白黒猫が低く太い声で呻りあっている。

『アンタ、乳出る?出るならこの倒れてるのに飲ませてやって』

体温を上げようとするカカシの動きは、まるで雄猫相手に腰を擦り付けているように見える。
『出るわけナイじゃない!信じられない、この変態!!』
飛び掛からんばかりの雌猫の前に白黒猫が立ちはだかる。
睨み合う2匹をよそに、カカシはその庭にある睡蓮鉢に上半身を浸すと
黒猫のもとに駆け寄り大声で怒鳴った。

『このバカ!いい加減にしろッ』

水を飲めないことが、一番堪えるのを知っている。
この町に来る以前、まだ小さかった自分は放置されたゲージの中であっという間に干上がった。
親切な今の家主に助けられ、何日も点滴を受けようやく立ち上がることが出来た。
水が滴るようにして黒猫の前に体を差し出す。
黒猫はゆっくりとその水滴を嚥下した。
(2009.03.09)


222の5

「家のシンシアちゃんに、何するつもりーっ!」

ガラリとけたたましい音を立てて、頭上にある窓からバケツいっぱいの水が降ってきた。

『ちくしょう!冷たいっ』
カカシが黒猫に覆いかぶさるようにしたが、さらにその上で大きな体でテンゾウが落ちてくる水を遮った。
『やだっ、冷たいっ』
跳ね返ったしぶきを避けられずにしくしく泣き出したシンシアと呼ばれた雌猫を、じっとりとテンゾウが睨む。
『これきしのこと、だったらお嬢さんは家から出てこなきゃいいんだ』
低い抑揚のない声に、雌猫はいたたまれずに下を向く。

『…立てる?』
先程までぐったりと力なく横たわっていたのがまるで嘘のように、黒猫は上半身を起こした。
『…鳥の子…』
『アンタのせいって訳じゃないでしょう?立てるならココから離れよう。人間が来る』
ゆっくりと立ち上がる黒猫の体を支えながら、カカシ達は生垣の隙間から人気のない路地に出た。
再び黒猫が腰を下ろすと、カカシもすぐ横に座った。
テンゾウは背中に浴びた水を振り落とすと、毛づくろいを始めた。

『…母さんが…、久しぶりに卵を生みました…』

小さな声にカカシが顔を寄せる。
『…本当に久しぶりに、もうすぐ孵るって…。父さんも喜んでたし、オレも嬉しかった…』
黒猫は目を伏せて、うな垂れている。
カカシは慰めるようにゆっくりと頬ずりをした。
カカシの珍しい行動を目にしたテンゾウは、櫛代わりに使う右手を舐めかけて、舌を出したまま動きを止めた。
『オレ…夢を…、かわいい弟達を襲ッ…た、食べる夢を…』
『…それで家を出たんだ…』
こっくりと頷く黒猫の瞳から小さな涙がこぼれた。
『オレが…旅に出なければ、…あの子…しな…なかっ…』
カカシが薄い舌で震える黒猫の瞼を舐める。
『…どれもアンタのせいじゃない。』
『オレのせいじゃない…?』
伏せられていた黒猫の瞳がようやくカカシに向く。
カカシは胸の中で感嘆の声を上げた。

―――本当にまるでお月様みたい

やわらかな光に包まれているようだとカカシは思った。
いつになく優しい気持ちになるのは、この瞳を自分が気に入ったからかもしれない。

『…あの雛が逝ってしまったのは、戻ってこなかった親鳥のせい』
でも、と黒猫が口をつく前にカカシが再び頬ずりをした。
『もしも、あの親鳥のせいでもないというのなら、それはとても運が悪かったってことだ…』
再び黒猫の瞳から涙が落ちる。
『そうに決まってる。悲しいのは仕方ないけど、もう泣くんじゃない…』
『…カカシさん』
『おかしな夢は、猫の本能が見せたんだよ。…だからってアンタは弟達を襲うことはしない。
…アンタはそんなヤツじゃないって、俺は知ってるよ。心配しなくていいんだよ』
カカシを見つめる黒猫の瞳が、いっそう大きく開かれた。
その瞳をうっとりとカカシが見返す。
『でもね、もう神社に帰るのはやめな。猫は猫と一緒に過ごさなきゃ、恋人だって見つけられないでしょ。…チャボの嫁さんでいいの?』
『それが言いたかったんですか…』
ボソリと小さな声を出すと、呆れ顔でテンゾウは再び毛づくろいに戻った。
『…オレ、帰りません』
『ここは競争率高いけど、西の隣町に新しい住宅地が出来たって聞いたよ、行ってみる価値あるんじゃない?』
カカシの言葉を聞いて、黒猫はしょんぼりと視線を落とした。
ここに黒猫の居場所はないのだと言われたも同然だった。
よろよろと立ち上がると黒猫は2匹にペコリと頭を下げて、暗い路地に奥に向かって歩き出した。
テンゾウは横目でその様子を眺めながら、日頃の戦闘で生傷の絶えない耳を伏せている。

『…ウチの家主のガキは母親を早くに亡くしててさ、いつも寂しそうにしてるの。アンタ面倒見よさそうだから、ちょっと相手してくれる?』

涙を堪えて歩く黒猫の背中にカカシがよく通る声を掛ける。
『途中で投げ出されたりしたくないワケ、それに一緒に居て居心地のいいのじゃないと同じ家で暮らすなんて我慢できない性質なんだよね、俺』
大変だけどどうする?とさらに言葉を続ける。
『あくどい…』
打ちひしがれたものに追い討ちをかける。
縋らないでいられるだろうか。
大人になりきれていない黒猫のこの先を思うと、テンゾウは嫌味の一つも言ってやりたかった。
『そんな目で見るなって…。一腹にいろんなオスの種を宿らせるなんて、前々からムカついてたんだよね。俺はオンリーワンが欲しいのよ』

『おいで』
長い手足を持つカカシの方が少し背が高い。
流れるような銀の毛並みの横に黒い毬が転がるようにしてひっつきながら、
月明かりの中、2匹は並んで歩いていった。
(20090312)

たまに続くかもしれません★(続きました)



▲戻る