――駄目だとか4―――

※カカシ先生は酔っ払いがする粗相を沢山します。苦手な方はお戻り下さい※






イルカは女将の誘導で、座敷を出て、店の入り口近くに備え付けられた電話の受話器を取り上げだ。
今日ツクシ親子の面倒を見る当番の者が、わざわざ電話を掛けて来たことに不安を感じながら電話に出た。

「もしもし、何かあったか?」
『ああ、イルカか?悪いな。…あのな、夕方からツクシの奴、少し下してクズってるんだけど、医者に連れて行った方がいいかな?』
「…。熱を測ってみて、そう、薬箱は全部茶の間のタンスの上に、ああ、冷めたお茶と、飲むようならりんごジュース。うん、それくらいなら大丈夫だと思う…ああ、頼んだぞ。顔出し方がいいか?うん。そうか、わかった」

それほど心配する話ではなかったと胸を撫で下ろし、電話を切った。
そのイルカの様子を見て、女将が厨房から側へやってきた。
女将は座敷を視線を向けてから、イルカを出入り口近くのカウンターの隅に招いた。

「うみのさん、久しぶりに顔が見れてよかったわ」
「ご馳走様でした。今夜はもう、おひらきになってしまいました。また来させて頂きますね」
「まぁ、そうなの。…あの、ちょっといいかしら?聞きにくい事だけど。はたけさんと何かあったの?今さっきも大きな声が聞こえたから」
「いえ、あれはそうではなくて…。俺があんまり馬鹿なこと言うから、諌めてくれただけなんですよ…」

そうだと思う。カカシは親兄弟のいないイルカの為に、代わって心配してくれたのだ。カカシには嫌な事を言わせたと思う。

「暫くぶりで、気がひけちゃうんだけど…。その間のこと、お耳に入れていいかしら?」
「何でしょうか?」
「今まで二人でみえてたのと同じくらいの頻度で、はたけさんがお一人でいらっしゃるようになって、いつも一人で飲んでるから気になって見てたのよ」
「はい…」
「そうしたら、お客さんが暖簾をくぐる度振り向くから、最初はうみのさんと待ち合わせてるって思ったの。でもいつまでも誰も来ないから、おばさんあの時、これはうみのさんと喧嘩でもしたのかと思っちゃったわ」
「…カカシさんが…?」
「喧嘩でもして怒らせちゃったうみのさんのことを、きっとああして待ってるんだって…おばさん思ってた」

イルカを待っていたという言葉にチクリと胸に針を突き立てられたような痛みが走る。

「…俺、ずっと忙しくしてて…」
「そうだったの。喧嘩してたわけじゃなかったのね…。まぁ、ある時からうみのさんを待っている風でもなくなったけど、代わりに深酒するようになってねぇ…。今日も随分飲んでたでしょう?」

女将が眉を下げて、イルカを見る。

「酒を出すのが商売だけど、飲みすぎは駄目よね。うみのさんからも言ってあげて。おばさんも言ったんだけど、笑って聞きゃしなかったから。うちの亭主はそれで早死にしたんですよ」
「そうだったんですか…」
「こんなこと話して御免なさいね。気を悪くしないで下さいよ」
「いえ、ご心配かけてすみません」
「あんなにシャンとした人が、何か嫌な事があったのかしらねぇ…」

店内のテーブルに陣取ったお客の一団から、おかわりとの声が掛かると、まだ何か言いたそうにしながら、女将は会釈して下がって行った。
同時にイルカは出口に向けていた足先とは反対の、カカシが一人残る座敷へ戻りはじめた。

「開けますよ」

返事を待つこともせずイルカが襖を開くと、テーブルに突っ伏しているカカシの姿が見えた。
離れた位置で見ても、苦しそうな息遣いをしているのが分かる。呼吸に合わせ、ふわふわと襟足付近の銀の髪の毛が上下している。
顕になっているこめかみや耳元は、改めてみれば酒のせいで随分赤い。

「カカシさん、大丈夫ですか?俺ですよ。お宅までお送りしますから」
「…平気です…」

卓上に有った皿や猪口を脇に寄せて、その中にはまり込むような形でカカシはべったりと机に上体を預けている。

「カカシさん!」

声が頭に響くのか、しかめ面をしながらカカシはイルカがいない方に首をよじる。

「平気じゃないでしょう。明日、任務入ってませんでしたか?家に戻って体を休めないと後で困りますよ?」
「…放っておいて下さい。少し休めば大丈夫です。…あなたこそ、俺に構ってる余裕ないでしょう…」

喋る事で余計苦しくなるのか、カカシは荒く鼻で息をしている。

「こんな状態の人を置いてはいけません。言いたくはないですけど、カカシさんは明らかに飲みすぎです」
「…俺のことはいいから…、あなたこそ帰って下さい…」
「こんなことしてちゃ体に障ります」

イルカは子供のように駄々を捏ねている上忍を説得しようと、突っ伏しているカカシの肩にポンと手を置いた。その時―――

「触るな!…俺のことなんかどうでもいいくせにっ!イルカ先生は俺のことなんかどうでもいいくせにっ!離せっ!」

ゴンっ☆

カカシは激しく身を揺すってイルカの手を振り払うと同時に、その勢いのまま後ろに倒れ、背後の床の間の段差に後頭部を打ち付け―――静かになった。
その間、あっけにとられたイルカは動けなかった。
子供と対峙している時は、危機意識がいつもあるので身体が動くが、まさか上忍でいつも沈着冷静なカカシが、身体の制御が効かないほどこ酔っ払う事があるなんて思いもしなかった。

「カカシさん、大丈夫ですか!?」
「…ぅ…ぅぅ」

仰向けに倒れたままのカカシは、いくらイルカが声を掛けても小さく呻くだけで、目を瞑ったまま苦悶の表情を浮かべている。
はっとしてイルカは急いでカカシの髪を掻き分けた。打った箇所を見てみれば、そこは赤く内出血している。
額宛の布が多少庇ってくれたらしい。直接打ち当てていたら、悪くすればパックリ割れていたかもしれない。
頭をいじられても、カカシは低い呻き声を漏らすだけでされるがままになっている。

「か、帰りましょう!」

イルカは店の男手を借りて、カカシに刺激を与えないように自分の背中に乗せてもらい、迷うことなくそのまま自宅へ足を向けた。
上がったことのないカカシの家よりも、イルカ自身の家の方がいくらかマシな介抱ができるはずである。この様子では一人の家に放っておくのは危ない、側にいて経過を見たほうがよさそうだ。
案の定、暫く歩いたところで背中にいるカカシが気持ちが悪そうに呻きだした。
イルカは最悪、後ろでもどされることも想像しながら、もう少し頑張って下さいと声を掛け続け、できるだけ振動を与えないようにした。
まだ早い夜のことなので、行き交う人々がイルカの背に乗っている人物が誰であるかに気づいて、ギョッとしている。
誰にも、カカシをそんな目で見て欲しくない。イルカはそう思った。
普段の彼はこうではないと叫びそうになるのをこらえながら、せめてカカシの顔が見えないように、通りの端の暗がりを選んで進んだ。
イルカは連日の疲れが重なり、久しぶりに飲んだ酒も効いて、いつにも増して今夜は身体が重い。
その上、酔って正体のない大きな身体を気遣いながら背負うのも骨が折れた。
足はもつれ、何度も転びそうになりながら、しかし最期にはどこにこんな力が残っていたのだろうかという程、全力で駆けていた。イルカの背には、今まで運んだどの重要な荷より比べ物にならない大切なものが乗っているのだ。
いつもはせいぜい二段跳びで上がるアパートの階段も、今日は音もなく三歩で駆け上がった。

「か、カカシさん、着きましたよ!苦しかったでしょう!」

ぜいぜいと息を吐きながら、鍵を開けて室内に入った。
ホッとしたのも悪かったのか、カカシを玄関に運び込んだ時に、イルカも方も力の限界を迎えた。が、カカシも額に脂汗をかき、ますます抜き差しならない状態になっていた。
イルカは膝に力の入らないカカシを、どうやってもまともにシンクに立たせることができない。それで、心の中では大いに申し訳なく思いながら、先月大家が洋式に替えたばかりのトイレに引きずり入れ、便器を前に座らせて背中を擦った。

「はい、ここで。吐いて下さい、ホラ!」

最初は嫌だとゆるゆると顔を振っていたが、イルカが根気よく掛けた声につられるようにして、カカシは胃の中のものを吐いた。
勢いよく噴出されたものが便器の蓋にもかかったが、それくらいで済んでよかったと思えるほどカカシは一気に吐瀉した。

「…ぅ…っく」

イルカに励まされながら、両腕を支えに便器の上に覆いかぶさるようにして、カカシは尚も酒と胃液の混じったものを吐いた。
水音とともに、辺りに饐えた臭いが満ちる。

「食べてないんですか!?無茶な飲み方して…」

もともとイルカも疲れているので、間近で介抱する自分の胃も持ちそうにないが、そこをグッと堪えた。
カカシがこんな飲み方をしたのは少なくとも自分のせいである。
苦しそうな横顔が目に入る度、この人物に気を配らなかったことが、イルカは悔やまれてならない。どんなに忙しくても、そうするべきだったと胸が痛む。

『俺のことなんか、どうでもいいくせに』

こんなふうにカカシが気持ちをぶつけてきたのは、二人がつるむようになってはじめてだと思う。台詞の内容はアカデミー生と変わらない気もするが、その拙さに余計に胸が突かれる思いがした。
生徒でもない他の人間にそう言われたら、いい年して甘えるなと頭を叩いていたことだろう。
どうしてカカシなら許せるのか、イルカ自身よく分からない。
カカシの苦しむ姿を冷静に見ていられない自分を知った。
その人はイルカの目の前で肩を上下させながら、苦しい呼吸を繰り返している。
カカシが便器に頭を突っ込まないように支えながら、二人しゃがみ込むには足りないスペースで身体を密着させて、イルカは根気よく男の吐き気が引くまで付き合った。

時折鼻へ流れる胃液に噎せ、カカシは苦しそうにしていたが、それでもイルカが漸く口元をぬぐってやる頃には、随分と顔色がよくなった。
力尽き、座っている事も辛そうにしているカカシが、目を瞑ったまま口をパクパクと動かしている。
イルカはそれに耳を寄せて、どうしたのかと聞いた。
鼓膜届いたのは小さい声だった。

「…
出る…」
「…え?まだ吐きそうですか?」
「…
おしっ…こ……」
「ま、待って下さい!」
「…
でる…」

イルカは咄嗟に背中側からカカシの脇に両腕を差込み、力のないグニャグニャの身体を便座に引き上げ、ズボンと下着を一気におろした。
一歳児の下の世話とは違うと分かっていながら、躊躇せずカカシの下着に手を掛けた。
視線をやれば、充填され張りを持ったカカシのモノがそっぽを向いており、このままでは不味い。
不味いばかりか大きな身体の間にあるソレを、掴んで便器に押し込むように持って、さらに支えていなければ、座った姿勢で用を足すのは難しい。同じ男としてイルカは知っている。

イルカは覚悟を決めた。




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(次で終わります…☆4回じゃ無理でした/汗)


(2010.5.8)



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