夜の庭2 (イルカ ver.)


 強い衝撃を感じて、俺の視界が真っ白になった。閉じていた目を開ければ、カカシさんの顔。それは同じだが天地が逆になっていた。

「恋人に対して、何してくれてんですか」
「ぎゃーーっ!カ、カカシさんッ」
「心転身の術ねぇ……」

 麗しい顔を曇らせたカカシさんが、素早く俺をベッドに縫い留めた。

「すぐにでもイルカ先生を追い出せたんだけど、たまにはアナタの方から何かしてくれるのかと、楽しみに待ってたんですが、……まさか、俺を俺で抱くの?」
「あ、あ、あの、…お、オレは……」
「俺の為に育てた花、とても綺麗でしたよ。隠れてコソコソしてるのを、俺がまさか知らないと思ってた?」

 そう言うと、怒った様子も無く、俺の股間をまさぐった。意識のなかった俺の身体は、全然萌していない。

「何で、俺の身体で俺に変化したアナタをやるワケ?もしかして新しい一人エッチの方法?やだな〜、イルカ先生のえっち!そんなに俺が好き?」

 そういってカカシさんは笑いながら俺を見下ろしていたが、急にしかめっ面になった。

「早くイルカ先生の姿に戻って下さいよ、自分と見詰め合ってるなんて気持ち悪いです」
「も、もう少しだったのに……」
「はぁ?」

 カカシさんが呆れたような顔をした。

「どれだけでもたっぷり可愛がってあげるから、一人遊びなんてしないでよ。それもあんな凄い方法で。残念ながら夜煌カズラなんて俺には効かないけどね」

 不敵な笑みを浮かべるカカシさんは魅力的だが、俺は半年掛けて練った策があっけなく失敗に終わって、ガックリと力が抜けていた。

「どういうことか説明して」

 いつまでもカカシさんに変化したまま落ち込んでいる俺に、優しく聞いてきた。

「先生のかわいい顔を、み・せ・て!」

 俺はカカシさんに懇願され変化を解いた。元に戻った俺の頬を、カカシさんがうっとりと愛おしそうに何度もなでる。

「……かわいい……」

 こんなむくつけき漢に何度も愛をささやいて本気でその気にさせ、しまいには恋人の座に据えたカカシさんの粘り強さには脱帽する。

 俺はというと、すでにカカシさんを好きだったが、本当はというと、想いがこじれる前に最初は無かったことにしようとしていた。恋愛に関しては意気地無しもいいところで、危ない妄想は妄想で終わらせ、一人で楽しんで勝手に失恋するつもりでいた。その上、生きて来て二十数年間、鏡の中の自分の事を一度もかわいいと思った事は無いし、モテるという経験も無かった。

 そんな俺だから、カカシさんに請われて交際に至るまでかなりの葛藤もあった。面倒くさい俺を相当な手間をかけて口説いてもらったので、夜の主導権は大人しくカカシさんに譲っていた。むしろこんな俺が付き合って貰えたのだから、当然だった。

 だが、一度カカシさんの一番近くにいる事を許されると、捨てたはずの欲が目を覚ました。カカシさんの肌の匂いを知り、俺は欲深くなってしまった。やはり俺も男として、カカシさんを抱きたいと思うようになっていた。目の前にご馳走があるのに、食べてはならないという、そんな辛い事はなかった。

 そうであっても、絶対に力では負ける&口(理屈)でも負ける。そうなれば、偽物でもカカシさんの身体(浮気は出来ないので自分で変化)を抱いて、幻の気分を味わうことで妥協するしか道は残されていなかった。

 カカシさんの身体に変化した俺を、少なくともカカシさんの身体で抱けば、結局は俺が下になって二人でするのと変わらない。だからカカシさんに後で謝り倒して、許して貰おうと思った。冷静に考えると倒錯的な話だが、俺はある出来事をきっかけに、とうとうそこまで思い詰めたのだった。




「だって、全然反応しなくなっちゃったんですよ!」

 話は数か月前にさかのぼる。

 俺の十代からのあまたのお宝コレクション、青少年が親に隠れてこっそり読むあれを、ある日、カカシさんが押し入れの奥から見つけ出してきて、浮気に繋がるからとあっさり処分した。

 仕方がないと諦めていたが、俺はその失われた本の中にあった珠玉の一冊と同じものを、たまたま訪れた古本屋で見つけたのだった。浮気なんてつもりは全然ないが、彼女も無く忍としてペーペーの下っ端だった頃、どんなに疲れていても、この本を開くと若い身体に力がみなぎった。絵柄は当時流行だったむちむちぷりんで、俺好みの作品が集まった一冊だった。話の筋も古いものはそれなりに凝っていた。あこがれの年上のくノ一をヒロインに置き替えたりして、たいした娯楽も無い古い木造アパートの一室で、俺は随分この本にお世話になったものだった。ページを開けば明日への活力も湧く。一種の元気のバロメーターでもあった。

 古本屋のガラスケースの中に置かれたそれは、俺が持っていたものより状態が綺麗だった。こうして時代を超えて残っているという事は、古本屋のおやじが名作と認めたからに違いなく、俺はコレクションしていた自分を少し誇らしく思った。中を久しぶりに見たいが、手に取るには買い取るしか方法がない。だから、販売当時の七倍の値がついていた中古雑誌を、俺はカカシさんに内緒でこっそり手に入れた。だが、ドキドキしながらページをめくってみたが、期待した息子がうんともすんとも言わない。あれほどお世話になった大好きな作家の作画でも、ノーリアクションだった事に愕然とした。


 そしてもう一つ、半年前、放課後更衣室で着替えている時、女性が飛び込んでくるという事件が起こった。

 教員の男子更衣室は、鍵は壊れたまま放置され、それでも全く問題がなくので、長らく無施錠であるのが当たり前だった。そこを狙われた。
 俺は生徒の母親が校舎の奥まで迷い込んで来たのかと思った。清楚な人妻風の女性だが、どこか崩れた感じがしていた。俺の好みの大人の女性とは、ちょっと熟れ方が違う。

 部屋をお間違えではないですか、と声をかけようかと思案している内に俺は固まった。窓から差し込む夕日に映し出される白いブラウスのボタンはすべて外れていて、彼女がおもむろに胸元を開くとダイレクトに豊満な胸が現れた。

 この展開と久しぶりの女性の生の肌に俺は呆けていた。じっと見てしまったかもしれない。久しぶりに見る大きくて柔らかそうな胸を、俺はこれは一体なんだったかなと不思議な気持ちで眺めた。

 すると顔を赤く染めながら女性はスカートをたくし上げ始めたのだ。その下は何もはいていなかった。痴女だ。そこで俺ははたと正気に戻った。彼女の下生えは黒かったのだ。俺の恋人のものとは似ても似つかない色をしている。

 二階であったが荷物を咄嗟に掴むと、背後の窓から飛び出して、俺はアパートに逃げ帰った。気持ち悪さを覚え、えずきそうになる。あんな風に女性の生々しい肉体を突然目にするくらいなら、チェーンソーを持ったジェイソンに遭った方がましというものだ。そう感じたくらいだから、傍目にはおいしいはずの状況に遭遇しながらも、俺の息子はうんともすんとも言わなかった。

 そういえば彼女は過去に付き合った女性の誰かに似ているような気がした。何か悩みでもあるのだろうか、変な薬でも飲んだのだろうか、そう思ったが、俺は確かめに戻る気力も無く、ただ翌日から生徒や自分の為にもアカデミーの警備を徹底するよう進言したに留めた。

 エロ本の筋書きのような状況に置かれながらも、不貞を働かなかった自分を偉いと感じたが、ドキドキもゾクゾクも感じなかった俺は、同時に男としてもう終わっていると思った。それもこれも、カカシさんに文字通り他の人に目が向かないくらい夜ごとに愛されているせいだ。グスグスと泣きながら、そうカカシさんに訴えた。

「今の話、突っ込み処が沢山ありましたが。とりあえずもう一度その女の特徴を言ってくれますか」

 塵にしてやります。そう言うカカシさんを、キッとにらみ上げる。

「そんな他人事はどうでもいいんです……」
「どうでも良くありませんよ!あなたにヘンな物を見せられて、恋人として黙ってられますか!確認しますが、本当にそれ以上何もされてないでしょうね」

 ヘンとカカシさんに言い切られたが、女はもったいないくらいグラマラスな身体をしていた。

「可哀想に、怖い目に遭いましたね」

 カカシさんが俺の頭をなでた。まるで子供扱いだ。今更のように、いい歳をした大の男が、痴女に狙われたなんて不名誉な事を口にするんじゃなかったと思った。こうなったら涙で溶けそうな目でカカシさんに訴えるしかない。

「なんで許してくれないんですか。俺も男なんですよ?」
「そ、そんなに浮気したいの…!もう俺に飽きたの!」

 カカシさんの真剣な目に、本気で殺意が沸いた。

「違います!あなたの後ろを許してくれって、抱かせてくれって言ってるんですッ!」
「はぁ……、そっち?」
「俺、男はカカシさんだけでいいです。でも将来別れることになって、女性を抱けないようじゃ、嫌でも男に走っちゃうようになるじゃないですか」

 カカシさんの顔がひきつっているのは気のせいじゃない。色が白過ぎて額にくっきりと青筋が立つのが見えた。

「どうあっても別れないから、その辺は全く心配無用ですよ。それより、さっきの女の特徴を言いなさい!それから、他の男との事なんて、金輪際これっぽっちも頭に思い浮かべたら駄目ですよ!」

 先ほどからずっと、何か言う度やたら叱られているような具合だ。口では本当に適わない人なのだ。カカシさんが言うことを聞いてくれるとすれば、俺の涙に訴えた時だけだろう。

「……自信がないんです。カカシさんが本当に俺を好きなのかって」
「ちょっと、どうしてそういう展開になるの!好きに決まってるでしょう!」

 がしりと頭を掴まれ、むがむがとしつこいキスをされて、俺はなかなか声があげられない。俺が言う事を聞かないから、理性をとろかせる方法に切り替えたらしい。やばい。萌したカカシさんの中心が俺の下腹を擦る度、はしたない声を上げてしまいそうだ。

「こ、こんなのばかりじゃ……んぐっ……、カカシさんが女性の代わりに俺を抱いてるんじゃないかって、その思いは消えません!」

 そこまで言うとさすがにカカシさんも言葉を失った。

「……分かりました。愛するイルカ先生にそこまで言われたら、しょうがないね」
「カカシさん……!」
「でもさっき、俺の中にはいったでしょ?センセ」
「へっ?」
「心転身の術……、あんなのかけてくれちゃって。どれくらい、入ってたかな、随分と深くまで。俺すごく感じちゃってたよ。先生がさ、強引に俺の中に入ってきて。あそこまで許したのは、人生でイルカ先生がはじめてです」

 これ以上無いというほどの艶やかな顔でカカシさんが笑った。夜煌カズラは効かず、当然ながらカカシさんは俺が放った避けられるはずの術を、分かっていながら受けていたのだ。

「だから今度はあなたの番ですよ。俺は術なんてつかわないけどね」
「ううっ……」

 真っ赤な顔で目には涙を浮かべた俺は、今頃自分のしでかした事に恥ずかしくて身悶えする思いがした。所詮俺は俺でしかなく、なんて稚拙な事をしたのだろう。

「かわいいね、イルカは。……今夜は覚悟して」

 カカシさんの身体の下で、俺の心拍数は一気に上がった。ああもう、こんな風にしか俺の身体は反応しない。ずっとこの人に抱かれても構わないのだ。だけど時々はこの人を好きにしたいと思う。なぜなら、カカシさんはどこまでも俺をその気にさせる人なのだ。

「カカシさんの全部が欲しいのに」
「あげるよ、あなたは俺で埋め尽くされたらいい」

 そう言うと、カカシさんは、ポケットからしおれかかった夜輝カズラの花を取り出し、天使のかんばせに悪魔の笑みを浮かべた。


<了 イルカ編>








イルカ編に当る方を書いた事をすっかり忘れていて、
ファイルをみつけた時、こんなの誰が書いたんだろうと
思い出すまでに時間がかかりました。
ばーっと4/1用に作って、ブログのタイマー機能で
1日のみupしたように思います。

ブログに証拠が残っていました。自分の事が信じられない(汗)


(2015.5.19)



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