最Kの男



人を見ているのだと思った。腹立たしい思いもあるが、店員に非は無い。イルカはたった今持参した荷物を前にため息を吐いた。

火ノ国でも高級品を扱う百貨店の一角に、外着なのかと見紛う程の鮮やかな色彩の下着が並んでいる。

イルカが訪ねた店は、男物も女物も扱っており、おまけにそれらは形が違うだけで同じデザインと布地で作られた商品としてお洒落に飾られている。

白地に小花模様で水色の縁取りが着いた柔らかなトランクスは、女性が敢えてこの形が好きで作られているのではないかと思われる程、手のかかったデザインでかわいらしい。

着心地がいいとか、通常女性用として作られるショーツより布地が多いからなどと、そういう男性向けの下着を好む女性もいる。

しかし、この店にはサイズからして明らかに大柄の男性用が用意されている。特別な嗜好の限られた男性向けではなく、小さい頃から男らしさや女らしさの教育をされなかった比較的若い男性が買って行くらしい。下着まで含めた彼女とのペアルックもできる。これは多様性という時代の流れなのかもしれない。

しかしイルカはこのような小花模様の下着は遠慮したかった。

いつ怪我をして病院に担ぎ込まれるか分からない職業についている。切り合いになった時、ズボンの切れ目からかわいらしい下着の模様が見えてしまったら、戦意も失せる気がする。木ノ葉の里が笑い者にされるかもしれない。

だが、まだそれが男性用の下着ならイルカの苦労もなかった。

普段行き着けない場所に向かうのは気が重い。しかも華々しい女性用の下着をつけたグラマラスなトルソーやマネキンが効果的に配置されたフロアーに行くだけでも恥ずかしかった。

それ以上に気持ちが萎えたのは、イルカが持参したのがこの店のブラとショーツのセットだったからだ。

勿論これを買ったのはイルカではない。送り主である男はもう暫く里に戻って来ない。送り状を唯一の手掛かりとしてイルカはここまでやって来たが、この荷物が送られた経緯が分からない事にはどうする事も出来なかった。

イルカもすでに二度この店の店員に説明を繰り返している。もうどうでも良いから帰りたい気分だった。

けれどそうする訳には行かなくて、ここまで来たのだ。

送り主は、はたけカカシ。受取人は、うみのイルカ。そして送られた物が女性用下着。小花模様ならまだ良い。これは男をその気にさせる勝負下着だ。家で梱包を解いた時、イルカはそれらを一瞬だけ手に取って広げなかった。店でブラと女性用のパンツのようだと告げると、店員が確認しますと目の前で広げた。ガーターベルト付きのスケスケのベビードールとヒモのようなTバックのセットだった。

改めて驚いたイルカがスケスケの編み上げ式の下着や常日頃なじみの無い悩ましいガーターベルトと、女性店員の顔を交互に見た瞬間、美しい化粧を施した若い店員が顔色を変えて、暫くお待ち下さいとイルカを一人置き去りにして慌てて駆けて行った。

「あっ…」

女性に警戒心が芽生えたことを嗅ぎ取ったイルカは、一つも悪い事をしていないのに、内心冷や汗を流しながら居たたまれない気持ちで立っていた。まさか悪意ある客が、店員にセクハラをしているように取られやしないか、どうにも胸のおさまりが悪い。

しばらくすると年長者を引き連れた女性店員が戻って来た。

「お客様、大変申し訳ありません。担当した者が、先日付けで移動しておりまして、只今詳細をお調べしておりますが、暫くこの件に関してはお時間をいただけないでしょうか」

「あ、あの…、これが間違えて家に送られて来たということは無いでしょうか?」

イルカは途方にくれ聞いてみた。それを確かめにやって来たというのに手ぶらで帰りたく無い。

「送り状はご本人様に書いて頂いておりますので、間違えること自体少ないですが、万が一という事もございますから…」

「では…、箱に包んで貰う段階で間違えることは?例えば…例えばの話ですけど、間違いが起こる事はありえますよね?」

「ええ、基本的にはご本人様の前で確認しながら包装やリボンをさせて頂いて居るので、その件に関しましても只今はっきりしたお答えを差し上げる事ができません」

イルカより僅かに年上と覚しき女性は言葉を濁してはっきりと言わない。これも接客のルールなのか、男のイルカなら納得すると思っているのか。

「でも、現物がなくて、取り寄せなら客の前で梱包と言う訳にも行かないですよね?できるのなら担当したという人に連絡取って頂けませんか?お辞めになっていないのであれば」

イルカは少し語気を強めた。

「大変申し訳ないのですが、その者は本日お休みを頂いております」

女性の黒目が僅かに左右に触れたのをみて、イルカはそれが嘘だと知った。知ったところでどうする事もできない。これ以上はイルカがゴネているようにしか見えないだろう。

「分かり次第ご連絡をさし上げます、大変申し訳ありません」

丁寧に頭を下げる店員にイルカは渋々頷いた。これ以上頑張った所で収穫は無いのだ。

「分かりました。それまでこの商品はここに置いて貰ってもいいですか?汚れると困るし」

譲歩する代わりに、当然受け入れられると思った事だが、店側は頷かなかった。

「申し訳ありません…、お送り主であるご本人様のご意向を伺うまで、当方でお預かりするという訳には参りません」

「ど、どうして?」

「はたけ様には、火の国屋を長年ご贔屓頂いております。こちらのお品はお贈り物になりますし、どなた様におかれましてもご信頼を損なう訳には参りません…、また」

どうにも埒があかない。丁寧な口調だが向こうは意見を変える気はないらしい。イルカは店員の口上をうんざりしながら聞いていたが、プロフェッショナルとは彼女らの事をいうのかもしれないと後に思った。

「こちらと似たお品が男性から男性へ贈られる事もままありますので———」
「えっ…?」
「やはり商品の取替えや不都合がございましたら、その時はこちらから引き上げに参じます。または着払いで送り返して頂く事も可能でございます」

年季の入った営業スマイルがイルカに向けられた。鉄壁だ。イルカの顔を眺めていた若い店員が頬にサッと朱を上らせすぐに頭を下げたままの姿勢で固まった。

つられて視線を向けると白いうなじまで赤くなっているのが上から見えた。彼女の脳裏には、先程のベルベットのリボンによる編み上げのベビードールとガーターベルトを付けたイルカの姿が浮かびかかっているのかもしれない。

「大変申し訳ございませんでした。はたけ様にもこちらからご確認のご連絡を差し上げる事に致します」

何やら足代と称するものを渡されそうになったが、イルカは回らない頭で辞退した。

カカシは火の国屋ではVIP扱いなのだとイルカは知った。

店側のいい分はその通りで、品物の代金を払ったのはカカシでイルカは贈り物をされただけの人間だ。物を貰った方がカカシを通さずに商品を手配しただけの店に文句を言いに来た人間だ。

一日の疲れがどっとイルカを襲う。早めに受付業務を切り上げて、閉店間際の百貨店に滑り込んだのだ。百貨店と言っても火の国に本店があり、それに比べれば出張所のような店構えだ。それでも木ノ葉の中ではダントツにあか抜けた品物を扱う店だった。

やるせない気持ちのままイルカは秋の夕闇の中、一人家路を辿ったのだった。

「よく考えたらこんな小さなパンツ、俺に入る訳無いのに…」

それを一々訂正しに行く気力も無い。

サイズが間違っているわけでもない。カカシがスケスケのベビードールを、イルカに着て欲しいと思っているはずはない事も知っている。

もう数日のうちにイルカはカカシとの交際を承諾する、そのはずだった。
そんな心境にいたイルカに、やはり男同士などましてやはたけカカシ相手など考えを改めるべきではないかという一石が投じられた。

後生大事に脇に抱えた女性物の下着の入った箱を、その辺に放り出したい気がした。

「俺の心が狭いとか…な」

カカシの帰還を待って、事の次第を彼に説明するまで気の重い事だと思った。

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(続きます)

(2012.09.15)





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