最Kの男2



アパートへ火の国屋からの荷物が贈り届けられたのは昨日の事だ。
翌朝、家に届いたばかりのその箱を抱えてイルカはアカデミーに向かった。
そこで夜半から任務に出掛けるというカカシに会えるかもしれないという希望があったからだ。

抱えている箱は、火の国屋の包み紙もほとんど無傷のままに、これは送り主がはたけカカシであることも配慮して、丁寧にイルカが梱包を解いたせいである。
本当なら贈られた当日の夜、カカシのアパートを訪ねれば良かったのかもしれない。そうすれば話は早く着いたと思う。けれど、夜半に訪ねる事が出来る程カカシとの距離が詰まっていないのも事実なのだった。
距離はあと少し。イルカのカカシに諾の返事をすれば二人の距離はすぐに無くなる。出会って5ヶ月、二人の関係はそこまで来ていた。

カカシに交際を申し込まれたのはつい最近のことで、それ以前から彼は隠さずイルカを慕うそぶりを見せていた。
イルカも出来る事なら良い返事がしたかった。カカシがどのように優れた人間であるかも知っているし、それとは関係なく彼に惹かれているのも本当なのだ。

けれど、カカシから贈られた誕生日プレゼントの中身が女性ものだったという、このようなハプニングは予想していなかった。
日常においてどんなに小さな出来事であっても、それが何かの予兆であった場合の為に、よいか悪いかは別にして情報の拾い方を忍として一通り学んで来た。
その為この件に関し、今更のようにイルカの中で新たな考えが浮かんできた。
もしも今日、一番にカカシに会えていれば、こんな気持ちにならなかったのにとイルカは思った。

結局カカシに会えずじまいだったし、この事を考えずに大人しくしている事など出来なかったろうから、遅かれ早かれ彼の気持ちに疑いを抱く事になっていただろう。
そもそもこの中身が間違っている高級百貨店からの届け物は、随分遅れてはいるが、カカシからイルカへの誕生日プレゼントなのである。
知り合ってからあれよと間に、酒を酌み交わし、アカデミーを卒業した下忍達に関する相談を受けるなど、一緒に過ごす時間が増え、周囲の人間が気づく以上に二人の距離は縮まった。

夏の終わりが近づき、じきにカカシの誕生日が来るという話をした時、イルカの誕生日についてカカシに尋ねられた。
あれは3ヶ月前、カカシと知り合って間もない頃の話で、その日はナルトに付き合ってもらって、イルカは誕生日くらい豪勢にやろうと一楽でたらふく食べた。
思い出せばナルトと二人、大きな腹を抱えて腹ごなしの散歩をして帰ったのだ。夜道、腹をさする姿がオヤジだのどうのとナルトに笑われて、それでもイルカはいい気分だった。
思い出し笑いをしながらそう言うと、遅くはなったが自分も何か贈りたいとカカシが言い始めた。
当然、来年お願いしますと一旦は断った。が、固辞するのが気の毒と思えるくらい、カカシがしょげてしまった。あまりの消沈ぶりに、張りのある銀髪まで勢いをなくしたように見えた。
とうとう折れたイルカは、特別な物を貰うのも気が引けるので、日常に使う物をリクエストした。
カカシの気持がイルカに向いていると良く分かるやりとりだったと思う。貰う前から気恥ずかしくて、胸の中をくすぐられているような気持がして、イルカは汗を拭く手で赤くなる顔を隠さねばならなかった。


そして昨日、火の国屋の外商部の人間と思われる人物が、イルカの住む単身寮に恭しくリボンのかけられた贈り物を届けに来たのだ。

高級店の、高級下着。伝票の但し書きにはそうと分かる店名が書かれている。毎日身につければ日用品には違いない。いくら綿の下着だとてその等級に差はあるものなのだが、きっとカカシに他意は無く、消耗品として下着を選んでくれたのだろう。
カカシもイルカへの初の贈り物を少しでも良い物にしたかったのだろう。彼に想われている事が分かって、イルカは素直に嬉しかった。
しかし、開けて吃驚した。贈られた品がリクエストした物とかけ離れていたらまだよかった。包み紙からイルカが予想した通り、高級下着である。問題は中身が完全に女性向けだったことだ。
とにかくカカシにこの事を伝えようと、翌朝火の国屋の箱を抱えてイルカは上忍待機室を訪れた。
箱の中身がどうやら間違っています。そう伝える事だけを考えていた。
そこに、イルカに天啓を与える天使が現れた。

「あら、イルカ先生もその店の贔屓なの?」

今年イルカが卒業生を託す事になった夕日紅が、豊かな黒髪をかきあげながら傍に立った。

「それとも、カカシに倣って?」
「く、紅先生、こんにちは」

瞳の色が特徴的な美人に、イルカは頬を心なしか赤らめて挨拶をした。
母が長い黒髪をしていたので、どうな女性でもそれだけで好ましいとイルカは思ってしまう質だった。
自分が女性に弱いのも重々知っているが、紅が笑うと本当に綺麗な人だとつい見惚れてしまう。

「最近カカシと仲が良さそうだけど、ソレ、教えてもらったの?あんな遊び人のやる通りに女の子に迫っちゃ駄目よ」
「えっ?」

カカシの名が出た時、イルカはこの箱に貼られていた送り状を家に置いて来た事に安堵した。
紅の口調からすると、カカシからイルカ当ての贈り物だと知られるのはどうも拙い。

「あそび…にん…」
「悪い男じゃないけど、恋愛相談だけは他にした方がいいわ。なんなら私でもどうかしら?」

ふふふと笑う紅に、揶揄われているのだとやっと分かった。
微笑む紅の顔が目がくらむ程美しくて、イルカは顔が赤くなるのを誤摩化すように、抱えて来た箱に視線を向けた。

「真似になっちゃう…か」
「まぁ、そんな良い物を貰って女も悪い気はしないわよね。それも意味深な物だし。…でも相手によってはもっとかわいらしいプレゼントの方が良く無いかしら?イルカ先生が好きなのは、カカシが相手にするようなタイプの女の子じゃないでしょう?こう清純で、守ってあげたくなるような人でしょう?」

そう言われてハッとした。箱の中身は清純な女性が、例えば一楽の看板娘が普段身につけているとは思えない代物である。黒いスケスケの高級レースをあしらったベビードールにガーターベルトに、Tバック。
イルカは急に目が覚めたようにパチパチと瞬きをした。

「ええ、まぁ…」

カカシの行動をよく知っているのは、くノ一の情報網のなせる技なのかとイルカは紅を振り仰いだ。
紅の赤い瞳の色を引き立たせるように、ほとんど血の色のまま艶やかに潤った唇が、優しげに笑みの形を作った。
その時イルカはよせばいいのに、自分が持っている箱の中身を着た紅の姿を想像してしまった。

「わ、ブッっ」
「あらイルカ、大変…!」

イルカは気が遠くなりながら、美女の前でなす術無く鼻血を吹き出す自分と、ここにはいないカカシを心底呪ったのだった。色白の紅は、この黒い下着がさぞ映えることだろうと思いながら。


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(続きます)

(2012.09.20)





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