夏の夜の夢2



 早朝、あうんの門の前に三人分の人影があった。カカシが歩を進めるとその三人が次々に小さく会釈する。一人一人に視線を合わせ、最後にカカシは目的の人物を見たところで頷いた。
「お待たせ、皆揃ってるね。任務内容は道々聞かせることにして、さっそく出ようか」
 ハイと返す三人は誰も皆カカシより若い。このメンバーなら、目指す夏の里は木ノ葉から南に足掛け二日、夜通し駆ければ一日で着くだろう。
 木ノ葉から向かうにしても千早の国の主要都市から向かうにしても、夏の里は道中他に立ち寄る人里も無く自然の要害に囲まれた僻地にあった。その為、毎年任務を受ける木ノ葉の記録にも、移動中において山賊や他里の忍と出逢ったという事実は一度も無い。通常の範囲で注意を怠らなければ特別な危険はないと思われた。
 まるでちょっとした遠出の感覚で、フォーマンセルでのチームの移動も、木ノ葉の里から連なる巨木の間を飛び交いながら、自然な成り行きで会話を交えたものになった。
 ただ、カカシとイルカが下忍を通じてただの知人以上の関係であることを知るチームの他の二人は、さりげなくカカシの隣をイルカ譲る気配がある。お喋りが得意なわけでもないカカシを彼らは持て余しているのだろう。
『ま、たいがい気難しそうな上忍のお守りを任されるよね、この人は』
 隣を走るイルカを盗み見る。どうやら最近の自分は、気難しい人に分類されているのだとカカシは知った。
 上忍師として下忍を担当するようになり、彼らの同期生である木ノ葉のルーキー達が、他の上忍師同様にカカシになついてくれたお陰で、彼らを中心に若い世代との付き合い方を随分学べたように思う。
 それ以前のカカシはというと、一端の上忍として気が付いた時には暗殺特殊部隊の任務に明け暮れる日々を送っていた。若さにモノを言わせ無茶を重ねる延長に人として日常はなく、カカシは酷くキツイ顔つきをしていた。
 その頃と比べれば、現在の気難しいという年寄りじみた評価などむしろ有り難いくらいに思える。暗部に属していた時期にうちは一族を失った里の為、その戦力を補うようにこの身を削って戦場を駆けた。そんなカカシを味方でさえ畏怖の対象として見ていた頃があった。
 写輪眼を託された者の宿命として我武者羅に走り続けた。戦場で鍛え上げ鋭くなる切っ先とは反対に、感情はどんどん麻痺し何かに追い立てられるように酒を飲み、縋るように女を抱いた。それでも当時のカカシは一時も心が休まる事がなかったのだ。
 正確無比の木ノ葉の暗殺者。他国に出回るビンゴブックには物騒な二つ名がいくつも書き連ねられていた。
 過去の自分を想う度、イルカはそんな自分をいつから知っていたろうか、知らぬはずはないと心に暗い影が差した。
 たった今も胸を塞ごうとする影を追い払おうと、カカシは自分の左側を走るイルカにそっと意識を向けた。それをどう察したのか、イルカは上忍の意図するところを得ようと、躊躇なく近づいてきて並んだ。
「今日はカカシさんとご一緒出来て光栄です」
 額宛に遮られている左側の視界で、イルカの明る声が聞こえ、カカシはホッとした。その声の様子から、恐れられてもいないし、疎ましいとも思われていないと知る。毎度の事ながら、まるで精神安定剤のようだとカカシは口布の下で苦笑いした。
 カカシと一緒の任務に就けて光栄だと彼は言った。様々な場面で他人から度々聞かされた言葉であっても、イルカに言われると全然違って聞こえる。
「こちらこそヨロシクね」
「はい!」
 左右に離れて少し後ろを走る二人を見て、イルカがまた口を開いた。
「内勤で仕事をすることが多いものですから、こんなチャンスが巡ってくるとは思ってなかったです。不謹慎ですが夕べはよく眠れませんでした。」
「チャンス?」
 まさか彼はこの任務の内容を知ってそう言っているのだろうか。カカシは首を大きく曲げ、ジロリと音が出る程の目つきでイルカを見た。その動きを誤解して明らかにイルカの表情が変わった。
「そ、それはもちもん、俺のような者がカカシさんの任務の補佐につくことなんて滅多にありませんから!」
「…そういう意味?」
「ナルト達のお陰で他の人間より親しく口をきいて頂いているとは思っているのですが、フォーマンセルの任務でご一緒できるなんて、私が受けられる任務の確率ではクジに当たったようなものですから」
「先生してるから、日数のかかる任務はなかなか受けられないでしょうしね」
「他に優れた方が一杯いらっしゃるから、上忍の方とチームを組む程の任務も滅多に回ってきませんし…」
「当りかぁ」
 カカシが小さく吹き出すと、それに気づいたイルカがばつの悪そうに顔を赤らめた。そんなイルカの様子を見て、カカシの中に嬉しいような気の毒のような感情が湧いた。
 イルカの照れた顔を見るのは好きだが、彼の身のうちにある葛藤をほんの少しだけ見たような気がした。また、カカシが連れ出した任務がどんなものか知らないから喜んでいられるのだと思った。
「少し急ぎましょうか」 
 カカシは顔色を読まれない内に急いで前を向いた。
「今日の行程の半分を昼前までにかせいでおきましょう」
「はい」
 イルカがしゃんと前を見て口を横に結ぶ。きりりと引き締まったイルカの日焼けした顔を見て、自分が彼を好きだという感情に気がついた日の事を思った。



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(2011.12.5)



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