夏の夜の夢3


 初めて受け持った下忍と第七班として受けた初めてのCランク任務は蓋を開けてみれば実はAランク、あるいはSランクに届きそうな任務だった。
 波の国までの簡単な護衛任務だったはずが、進めるにつれ、そこには依頼主の命だけでなく、第七班のメンバーも無事ではいられない状況が待っていた。カカシ達の前に立ちはだかったのは、波の国の海上交易の利益をすべて手中に収めたいガトーカンパニーが雇った霧隠れの鬼人・再不斬と、彼に従う血継限界を持つ少年であった。
 下忍のうちの二人が、ふた月に及んだ任務の中でその潜在能力を開花させたことにより、依頼主を含め波の国の人々を苦しめるガトーの独裁的な悪事をその根から断つ事ができた。
 カカシは下忍たちをかばいながら無音殺人術を駆使する再不斬との死闘を繰り広げた。彼もカカシと同じくビンゴブックに名を連ねた霧隠れ忍刀七人衆の一人だった。その中で発動させた雷切と怪我のせいで、チャクラ切れを起こしたカカシは里に戻るとすぐ病院送りとなった。
 カカシ自身チャクラ切れは慣れているので、入院するほどでもないと突っぱねたが、医師に回復を早める意味でも病院に留まるように強く言われ、最終的には火影の鶴の一声で入院することになった。
 処置室での延々の押し問答も虚しく、大人しく宛がわれた病室で休む事にした。点滴を受けながらまどろんでいると、ノックと同時に扉が開いた。入って来たのは猿飛アスマと夕日紅だ。彼らとは共に上忍師に就くずっと前からの間柄である。今更取り繕うことなどなく、カカシは無視して狸寝入りを続けていた。この二人が揃って来るということは里が平和な証拠なのだ。
 わざわざ見舞いに足を運んだ二人としてみれば、木ノ葉上忍に名を連ねる者として、すぐにでも鬼人・再不斬のことを直に闘ったカカシ本人から聞きたかったのかもしれない。
 とは言えこちらは半病人、あり難くない申し出に少しくらい待たせておこうとカカシは本気で休もうとした。
 その時、また別に病棟の廊下を早足でこちらに向かっている人の気配がした。控えめなノックの後、一拍置いて病室の扉が開かれた。
「あ…、お二方ともいらしてたんですか?子供らから話を聞いて、私も気になりまして」
 はて?とカカシは思った。ナルト達を通じて知り合った彼らの担任であったアカデミー教師のイルカにまで心配を掛けてしまったのだろうかと思った。他に理由を考えてみれば、子供達もこの度の任務で決して浅いとは言えない傷を負ったことだし不思議なことではない。彼は何か仔細があってここへ現れたのだ。
「よう」
「イルカにも心配掛けちゃったのね」
「カ、カカシさんの具合はいかがなんでしょうか?アスマ先生と紅先生、お二人がいらっしゃってるっていうことは、あ、あの…」
 少し切羽詰ったような声が聞こえてきて、カカシは今更ながら寝たフリを続けたことに後悔した。
「ん?…ああ、ちょっと面倒臭ェことになっててな…」
「えッ…」
 まるで狸寝入りをしているカカシが悪いんだとばかりにアスマがカカシの枕元に拳を当てた。
「…まさか…」
 澄ましたカカシの耳に、絶句したイルカの声が届いた。
「ア、アタシからは何も言えないわ…」
「そんなッ…」
 イルカから吐き出される空気が震えている。静まり返った病室で、点滴だけが規則的な動きを続けていた。
「…カカシさんが波の国から飛ばした式が火影様の執務室に到着した時、俺もそこに居たんです。カカシさんが倒れてしまわれたと知っていたし…。酷い怪我を負って戻られたと…」
「イルカ、顔色が悪いわよ?」
「おい、大丈夫か」
 さすがにそこまで人の悪いことは出来ないと思った。カカシは寝返りを打ちながら今目覚めたかのごとく振舞った。
「ん〜?ナニ君タチ、ひょっとしてお見舞い?ああ、え?っと、言っとくけどコレ栄養剤だから」 
 わざとらしい台詞を吐きながら、点滴を受けている方の腕を曲げれば、刺さっている針先が動いたような気がしてカカシは身震いした。早々に悪戯が露見した上忍二人は、白々しい顔をして視線を泳がせた。
「イルカ先生?何も心配ありません、本当ですよ、嘘じゃありませんから」
 カカシが額宛を外した涼しい顔でにこやかに告げると、イルカはさらに眉間を寄せてこちらを見た。その下にある目が少し赤らんでいる。
「…おれ、アナタに何かあったら、どうやってあの子たちを導いて行ったらいいかと心配になって。情けないことにその事ばかり考えていました。ああよかった…。ご無事でよかった」
 ぱちんと耳の奥で空気がはぜる音がした。イルカが里の忌み子であるナルトの庇護者の立場を買って出た日から、たった一人どのような辛酸を舐めてきたか分かるだけにカカシは声が出なかった。
 そして暗に、カカシ以外に頼るべき人物が咄嗟に思い浮かばなかったと述べたのだ
 火のない煙草を齧っているにもかかわらず、煙に噎せたようにアスマが一つ咳をした。
「…おまえら長年連れ添った夫婦かよ」
「やぁね、アスマったら!」
 艶やかな紅の喜色の声が上がった。同時に病室内に居た人間は皆、腹もよじれんばかりの笑いの渦に巻き込まれた。
 カカシ自身も再不斬戦で負った傷を庇いながら縫い目が引きつるほど大笑いした。もちろんイルカも大口をあけてゲラゲラと笑っている。
 日常コレほどに心拍数が上がったことなど久しぶりで、笑いすぎて涙が出た。目尻をぬぐいながらイルカを見ると、彼はそんなカカシに視線を返し、両目を細めて笑った。
 カカシが人に言えない想いを自覚したのはこの日が境となった。


next→4

(2011.12.9)




textへ戻る↑