夏の夜の夢6


 カカシがおとないを告げる前に、樅の木で出来た古びた戸の中から音がした。森の中の一軒家、周りに人影はない。
 イルカ達が得物を手にその引き戸の両脇に身を寄せようとすると、隊長であるカカシが首を振った。間もなくして戸が開くと、中から腰の曲がった一人の年寄りが現れた。
「ツルギさん、お久しぶりです」
「あ?あぁ、今年はお前らか。まぁとにかく入ってくれ、一息ついたら美野屋へ挨拶に行くんだろう」
 カカシは自分達を小屋の中に迎え入れた人物に尋ねた。
「ツルギさんは、ここで一人住まいをなさっておられるのですか?」
「まさか。今の時期、かかぁは美野屋の手伝いでな。それにしても大きくなったなぁカカシ。大人びた口きくようになって」
「前にお会いしたのは十代でしたからね」
 カカシは懐かしい人物の前で苦笑した。 
 ツルギに促されて、イルカ達もその苔むした茅葺の屋根の家の中に入った。
 引き戸の奥はそのまま台所を兼ねた土間になっており、上がり框のその奥は四角く囲炉裏を切った板敷きの間になっていた。部屋のあちこちに半分乾きかけた薬草らしき草の束がぶら下がり。奥の間にも紙に包まれた薬草の束が山のように積んである。その為、家中に清涼な香りが充満していた。
 道中、夏の里に近づくとともに、一面に薬草園が現れた。谷あいに位置するこの里は、朝霧が濃く数多くの薬用植物の生育に適した場所であった。薬草はすべて里の人間が栽培したもので、採取、あるものは生薬の段階まで加工し多後、約定を結んだ木ノ葉の里等の大口の顧客へ直接卸していた。
「たいしたもてなしもできんが、体にいい薬湯だけはたんとあるからな」
 囲炉裏の上部にある自在鉤に掛けられていた鉄瓶から薬湯を湯のみ茶碗に注ぎ、ツルギはそれを一人一人にふるまった。
 忍のサガとして、外で与えられたモノを素直に口に出来ないイルカ達を前にカカシが言った。
「この人はね、木ノ葉の上忍だった人です。籍が抜けた訳じゃないから今でも現役です。俺たちの心強い味方で、大先輩です」
「いいや、ただのジジイだ」
 中忍同士顔を見合い、渡された薬湯に目を落した。ツルギと呼ばれた男が座り直すと座高がかなりあり、先程歩いていた腰の曲がった老人が案外大柄の男だという事が分かった。
「綱手さまが里にお戻りになりましたよ」
「綱手姫が火影様になぁ」
「久しぶりにツルギさんの顔が見たいと仰っていました」
「そうしたいのは山々だが、ウチのかかぁはやきもち焼きだから、火影様といえどよその女に会いに行くは難しいわい」
 そう言って快活に笑うツルギの顔が年寄相応に見えない。カカシ以外の三人は、僅かに首を傾けたり、この小屋の主の顔をじっと見たりしている。ツルギが喋る度に、その声が若返って行った。
「できれば俺も綱手姫と同じチームになって猿飛先生の下で修行したかったが。俺の上忍師はコハル先生だったんだよ。お前さん達知ってるか、頭にお団子のっけたばあさん。そういや最近噂を耳にしないんだが。まさか、くたばったのか?」
「お達者ですよ」
 返事をしながらカカシがクスクスと笑い声を漏らた。
 ツルギの言ったことから、彼が綱手とは逆に年齢以上に年を取った姿に身をやつして、夏の里で草として暮らしているのだと知れた。イルカが漸く納得して薬湯に口をつけると、他の二人の中忍もそれに倣った。口にした薬湯は香りに似合わず酷く生臭い喉越しだった。顔を歪めたイルカ達に対してツルギはもう一杯飲むように勧めてくる。
「精をつけとかんと、後でばてるぞ」
「俺にも一杯下さい」
 カカシはイルカ達に向き直ると言った。
「今夜はお祭りのはじまりの日なんですよ。俺達も招かれた以上しっかり勤めを果たさないと、木ノ葉の恥になりますから」
「では、私たちがするのは祭りの警護ですか?」
 イルカの右に座っていた中忍が口を開いた。道々夏の里の産業についてのレクチャーは受けたが、結局肝心の任務内容は日程以外何も聞かされていないままここへ着いた。
「なんだ、話してないのか?」
 ツルギが尋ねると、カカシは右手で後頭部を?いた。
「それぞれが木ノ葉の忍としてきちんと状況判断して、その上で役目を全うしてくれたらいいわけですから」
 何か言いたそうにしていたツルギが、無精ひげの生えた顎を撫でながら呟いた。
「まぁ、それぐらいでいいのかもしれんな」
「ええ、ここにいる彼らは綱手様が選んだ人材ですから心配はありません」
「それは頼もしいな」
 イルカの視線が戸惑い気味にカカシに向けられた。
 その黒い瞳と一瞬視線が絡んだが、カカシは何事も無かったように彼から目を逸らした。
「じゃあ、一息ついたら暗くなる前に美野屋へ向かえ」

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(2012.3.18)




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