夏の夜の夢8

襖と障子で締め切られた八畳の程の室内。座ったまま最後まで肩をいからせ、顔をしかめていたイルカが唇を動かした。今この場には木ノ葉から来た人間しかいない。
 やっとここへ来て行灯のある部屋に通された。それでも月夜よりも尚暗い室内でイルカ達は声を立てず、互いの唇の動きで会話をした。
 口布をしたままのカカシはそれに対し、僅かに頷いたり指文字で示して簡単な返事をした。襖で仕切られた隣の部屋からも、同様に招待された人間の気配がしていた。
『焚かれているこれは、幻惑の香だろう』
『やはり…、どういうことだ?』
 今までの鬱憤もあり、暗い部屋で男達は顔を突き合わせさかんに言い合った。ここまで来てカカシの指示を仰ぐばかりが能でないと開き直ったようだ。
『女郎屋に潜入した時これと同じ臭いを嗅いだことがある。』
『ここは女郎屋じゃない。五大国に名を知られた、れっきとした薬種問屋だ』
『今日は祭礼の日で、こっちは客人の身分だぞ?』
『…だとしたら、この扱いは一体』
 カカシを前に三人が順に口を動かした。意見が一通り出たところでカカシが手を翳した。
―――客として供された物をすべて頂くのが習わし
 行灯の光がカカシの手甲をはめた手指が動くのをぼんやりと照らし出した。三対の目がそこに集中する。
―――予定通り二晩。本祭りは明日の夜から未明まで
『それ以外の任務は』
『ご指示を願う』
 戸惑いを隠せない顔で三人がカカシを見た。
―――ツルギの家で話した。それだけだ
 カカシが会話の終わりとして目を閉じれば、彼らはこれから起こるすべてが自分に課せられた仕事だと理解するしかない。自分達は客だと。
 性の営みを奉ずる祭りは珍しいものではなく、今更真実を告げずとも中忍達は察しがついているだろう。
 暫くしてカカシが目を開ければ、三つの忍の顔がそこにあった。
「お待たせしました。用意が整いました」
 襖の向こうから案内の声が聞こえた。木ノ葉から来た招待客はやおら立ち上がり、誘われるまま歩みだした。
 期限の朝が来るまでカカシがイルカにしてやれることはもうない。夕べカカシのすぐ横にあったぬくもりは、幸運な誰かの手に渡る。情の深い人だから肌を合わせた女が求めれば、彼は首を縦に振ることだろうとカカシは思った。
 一度だけでも想いを伝えたかった。この腕の中に彼のぬくもりを閉じ込めてみたかった。
 そうしなかった理由を考えてみても、すでに詮無い事だ。彼の心を知りながら踏み切れなかった弱さは、逆にカカシの良心なのだ。
 まだ夏の終わりに凍えそうなため息を吐いて、カカシは前を行くイルカの揺れる黒髪を見詰めた。




 

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(2012.06.07)





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