夜の庭1 (イルカ ver.)

 カカシさんを、夜の公園に呼び出した。

 その公園は、春から秋にかけて沢山の花が咲く公園だが、アカデミーや火影屋敷に近いせいで夕方から朝まで人口密度が減り、夜の繁華街とは反対に一斉に人通りが絶える。それが狙い目だった。

 以前、カカシさんが白い花が好きだと言っていたので、園内に珍しい花が咲いているのを伝え、そこを待ち合わせ場所にした。

 それは月下美人のように、夜に一晩だけ香りのよい花が咲く。その花を一緒に見ましょうと誘ったのだ。

 これは一つの賭けだった。もし、そこに他人が居合わせたり、カカシさんが他の人間と連れ立ってきたりすれば、計画は中止。運に見放された俺は、諦めてその時間をやり過ごすつもりだった。だが、そこにカカシさんだけが現れたのなら、心に決めていることがあった。




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 俺は年上の女性に惹かれることが多かった。未成熟なうちに独り立ちをしたためか、大人の魅力にめっぽう弱いのだった。どちらかというと、経験豊富な年上の人ばかりを好きになった。

 しかし俺の身近に存在する木ノ葉のくノ一陣は、キャリア志向が強く、はっきりと男をステップアップの手段として見なしている場合も多い。仮に運よく口説き落とせても、彼女らはまじめな年下のアカデミー教師をつまみ食いする程度で、付き合い初めで結婚を意識する俺などは、彼女達にすぐに振られるパターンだった。

 教え子だったナルト達を通じて、生きた伝説である写輪眼のカカシと知り合い、大変な問題が起こった。カカシさんは、俺好みの大人の魅力を大いに持った人だった。そもそも男女の差はどこにあるのだろう。彼は、俺が培ってきた判断基準が全部信じられなくなるくらいの、壮絶な色香をまとわせながら俺の前に現れたのだ。

 姿もこの上無い人だ。色白でしかも顔を半分以上隠し、手にはグローブを嵌めているため、少ししか見えない肌が逆にいやらしく見える。

 余裕のある話し方、落ち着いた間の取り方、けだるげな目元、ああ、すべてが俺好み。あのゆったりした猫背においては、後ろから抱きついてしまいたい衝動に駆られる。

 女性でなくても俺はいける口だったのか!

 そんな己の未知の領域に衝撃を覚えながらも、どうにかしてカカシさんを、一度でもいい、この人を俺のモノにしたいと、中忍にはあるまじき叶わない夢を見続けていた。

 カカシさんは、俺の危ない妄想を露にも思わず、下忍達の慕う元担任として最初から親切にしてくれた。俺は少しドジなのはそのままに、さわやかな青年教師を演じた。

 男として生まれ、好きになった相手に何のアクションも起こさぬまま終わっていいとはどうしても思えなかった。それがたとえ人に言えぬ事でも。

 俺は決心をした。カカシさんの信頼を裏切る事はとても辛いが、このまま指を咥えて黙ってみているだけでは、どうにかなってしまいそうだったのだ。会う度にその白い手首を掴んで自分に引き寄せてしまいそうになる衝動。いつか気持ちが爆発してしまう前に、俺は玉砕覚悟で計画を開始した。

 公園の花壇、ここを舞台にして、俺は誰もが笑うような地道な努力をはじめた。この努力が実を結ぶのは半年後だ。

 まず俺は冬の間に公園を管理する年配の男性と仲良くなり、堆肥入れの力仕事や雑草取りを手伝ったりして、ここで細工をする権利を獲得した。花壇を管理する予算が乏しい事も知って、自然を装って寄付する形で花の苗を公園に持ち込むことにも成功した。その中の一つが、秘密の花だ。この花の苗を、よく似たつる性の苗の間に混ぜて花壇に植えた。俺が玉砕計画を立てた一番の決め手は、この花の存在を知った事だった。カカシさんを誘い出す口実に使った花は、木ノ葉では手に入らない珍しい花だった。待ちこがれたその花がようやく今夜咲く。




 夜の帳が降りた公園に到着すると、花の前にカカシさんが佇んでいた。白い花と夜の闇、銀髪に白い肌が目立つカカシさんの対比はこの上なく美しかった。

 いつもの警戒心の強いカカシさんとは違い、どこを見るでもなくぼうっとしている。それは俺の作戦の内の、すでに九割が成功したことを意味している。

 玉砕してもいいといいながら、用意周到な作戦を練っていた。あの花は夜煌カズラという、その香りに麻薬に似た成分を含む植物なのだ。別名、睡り花とも呼ばれ、薬として使われる事もあるが、遠い南の国に育つこの植物は、環境の違う場所では滅多な事では土に埋めても芽すら出さずに終わる。

 アカデミーの倉庫の片隅で、俺が試行錯誤の上、チャクラで守りながら芽出しに成功した貴重な苗だった。ほんの一瞬、カカシさんにつけいるチャンスを生み出す為だけに、俺は時間と労力を割いて僅かな望みを繋いだのだ。

 夜には人気の無くなる公園。夜煌カズラの香りをそうとは知らずに嗅いだカカシさん。俺は過度の興奮から、勝手に手が動くのを止められなかった。両手を突出し、指で三角形を描く。木ノ葉のある一族に伝わる秘技だ。

 アカデミー教師として、子供が親から受け継ぐ術を、練習する場面を何度も見てきた。難しい術と言え、子供が躓くポイントを一緒になって考えているうちに、自然に身につくこともある。今回はその中から使えそうな術を選んで、人目に隠れて練習を積んでいた。俺は人畜無害の中忍として通っているので、誰にもこの計画を気取られることはなかった。

 静かに歩み寄る俺の姿に、カカシさんは目をむいた。驚くのも無理はない。普段なら背中など取らせない強い上忍でも、夜煌カズラの影響で反応が遅い。その様子を仕掛けた本人である俺が気の毒に感じながら、もう後戻りできないことを思った。

「心転身の術……!」

 はっと意識が鮮明になると、地面に倒れている俺の姿が目に入った。うまくカカシさんの意識を乗っ取る事に成功したのだ。山中家に伝わる心転身の術。これで俺がカカシさんの身体を支配したことになる。

 麻薬が効いた身体のせいか少し足元がふらふらする。役目を終えた花を可哀想に思いつつ、俺はこれが他人の手に渡らぬよう株を引き抜いて火遁で始末した。慣れない片目だけの視界にめまいを覚えたが、何とか足をふんばって、抜け殻となった俺の身体の元へ向かった。とにかく少しでも時間が惜しい。

 あとは一目散に、人目につかぬよう下調べの付いているルートを辿る。カカシさんの身体を動かして、俺のぐったりとした身体を担いでアパートへ走った。

 術を成功させる為、夜煌カズラの香りの力を借りたが、俺が乗っ取ったカカシさんの精神はどうやら起きそうにない。

 いつもの俺と少し違う目線の高さ、しなやかな長い手足にため息がでる。それなりに重いはずの俺の身体を軽々と抱えるカカシさんの人並みはずれた膂力にも惚れ惚れする。

 俺は、抱えてきた主を失った俺自身の身体をベッドへ降ろした。これは俺の身体だが、そうではない。心転身の術を発動させる前にあることをした身体だ。

 長い睫を伏せて力なく横たわっているのは、カカシさんそっくりに変化した俺の身体だった。

 俺はずっとカカシさんにマグマのように溜まった熱を存分に注ぎ込みたいと夢見ていた。早い話、男としてカカシさんの身体を自分のものにしたかった。この人を俺の自由にしたい、そんな凶暴な夢を抱いてしまったのだ。

 カカシさんと知り合って、異性はもちろんのこと、同性にも、他の誰にも目がいかなくなってしまった。この持て余した熱を昇華させるべきか、狂うべきか。

 月日をかけて俺は静かに狂っていった。いや、元々俺は男なのだ。こんなに美しくて愛しい人を前に、大人しくしていられるはずがない。

 カカシさんは俺の天使であり、また俺の理性をおかしくさせる魔性の人でもある。もうカカシさん以外、俺を鎮める事も、言う事を聞かせる事もできないのだ。

 時間が限られていると思えば、悩んでいる暇などない。
眠っているカカシさんの姿の俺から、ベストとアンダーをはぎ取った。

 現れた真っ白な身体に、自分の変化が完ぺきだったとほくそ笑んだ。何度も観察して目に焼き付けたのだ。主のない身体は、まったくカカシさんの形をした生き人形だ。そう、これはもはや俺ではない。

 銀髪の下に隠された左まぶたを縦に割る傷跡も、耳の付け根にある小さな黒子もカカシさんそのものだ。俺自身がカカシさんを乗っ取っているので、微かな彼の体臭も側で感じ取れる。

 そのまま覆いかぶさるようにしてその身体を抱きしめた。片手で小さな慎ましい乳首に触れ、滑らかな肌に指を滑らせる。臍をたどり、抵抗しないしなやかな身体を嫌というほど抱きしめた。

 いけない事をしているという自覚とともに、俺は酷く興奮した。鍛え上げられた彼の半身を見ているだけで、乗っ取ったカカシさんの前が俺の興奮で固くなっていくのが分かる。倒錯的な気分だった。

 下履きに手を掛けようとして、少し躊躇した。どちらのものを先に露わにしよう。

「ナニしてんですか、アナタ」

 



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(2015.5.15)



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